地中海文明を築いた古代カルタゴがチュニジアの前身・・・異文化の交差するチュニジア旅行を支援します

ドッガのローマ時代の遺跡

Dougga
دقة

世界文化遺産に1997年登録

数多いチュニジアのローマ遺跡で最大の規模を持っています

この遺跡はヌミディア、ローマ、ビザンチンの複合遺跡になっていますが

ローマ時代の遺跡が殆どです

この地はローマ時代の4世紀に繁栄しましたが、ビザンチン帝国時代に要塞化され衰退しました

















 

  劇 場

丘の斜面を利用して、168年に造られ、19段の観覧席があり、3,500人の観客を収容できます

15mの高さがあり、遺跡が一望でき広大な農村風景もご覧いただけます

現在でもフランスの古典劇が5~6月に上演されています

  初期キリスト教教会跡地です
  石 棺

初期キリスト教教会地下室にある石棺で、重ねられています

バルドー博物館やカルタゴ博物館などに展示されている棺と比べると小柄にできています

  サターン神殿

ドゥガ遺跡に近づくと最初に飛び込んで来ますが、ここまで見物に行く整備された道路はなく、遺跡の陥没に注意して下さい

ドゥガの遺跡は広大な敷地の傾斜した部分を利用して街が作られています

画像左上の点々とした所はオリーブ畑、右上の緑の部分は小麦畑です
広大な農村風景もご覧ください
  貯水槽

ここは4つの貯水槽に分かれて供給先が定められていました 
  貯水槽

現在は倉庫代わりに使われていました 
  アレクサンデル・セヴェルスの凱旋門

222~235年のアレクサンデル皇帝(セヴェルス朝最後の皇帝)が在位中に造られました

門の先はオリーブ畑になっていますが、
現在遺跡の発掘中です。

  カエレスティス神殿です

ここはアレクサンデル・セヴェルスの凱旋門の外にあるため訪れる人も少ないです
  風の広場の首なし像

キャピトルの隣にある広場で、12種類の風の名前が彫られていました

首の無い像は、ローマ皇帝が替わる度に新しい像を造るのが面倒で、首だけ付け替えました。
首が無いのは無くなったか、外して作成中に皇帝が替わって付けられなかったか?
  キャピトルの左に伸びる塀の中はフォーラムです

 
  破壊された像

ビザンチンがローマ皇帝を滅ぼしたとき、ローマの栄華が悔しいが、あまりにも素敵であったため、全てを壊すのは惜しく、ローマ人の誇りであった男性の鼻とペニスを破壊しました

この像はキャピトルに隣接するフォーラム(540年にビザンチンにより要塞化)に有ります。

 

象徴的な存在となっているキャピトルです

  キャピトル内部

キャピトルにはジュピター、ジュノ、ミネルヴァの3神が祀られていました

当時は3つの聖室の中央にはジュピタ像(6m)がありました。
   

薬草商の家から見たキャピトル

キャピトルにはジュピター、ジュノ、ミネルヴァの3神が祀られ、

当時は3つの聖室の中央にはジュピタ像(6m)がありました。

周りはローマ時代の住居跡です。

  リキニアの浴場です

この浴場は冬季用の浴場として使われました
  遺跡にみるリキニアの浴場の規模がご覧いただけます

左の円柱が見えるのは劇場です
  遺跡南西部にある浴場 
  遺跡南西部にある浴場 

夏季用の浴場として使われたと考えられます
  遺跡南西部にある浴場 に配水する貯水槽

屋根が崩れていますが、中はアーチ状の柱で支えられて大量の水を貯水しました

私は3箇所の貯水槽があることを確認しています

  トリフォリウムの家(ローマ時代の売春宿) 
  キクロプスの浴場とトリフォリウムの家

キクロプスの浴場(左)から人目に付かずトリフォリウムの家に行くことが出来ました
  水洗トイレ

一度に12名が利用できる水洗トイレで、中はU字溝のようになって水が流れる仕組みになっています

ローマ人の羞恥心はどうなっていたのでしょうか?
※当時のモザイク画を見ると、競技をする人は髪を後ろで束ね、全裸で大衆の前で競技をしていましたので、全裸生活には慣れており、羞恥心は無かったものと思われます

右上には手を洗う水道が流れていました

  南西部にある入口付近から見たキャピトルの位置 
  リピコ・ブニック廟

ヌミディアの指導者の息子を祀った物で、紀元前3世紀に造られました

高さ21mあります

1842年に碑文が大英博物館に持ち出される際に崩落しましたが、フランス政府によって再現されました


 
  ヌミディア人の住居跡

遺跡の北西部にあり、巨大な石材で造られているのが特徴です

※一部ガイドブックに巨石墳墓群(ドルメン)と掲載されていますが、墓とは異なり住居跡です

詳細については、ヌミディア人の住居跡は中部地方「エリース遺跡」、ヌミディア人の墓地は中部地方「マクタール遺跡」をご覧ください



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